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 吉村の一さんの愛称で呼ばれた初代は俗にいう歳の神の生れ、十四才の少年時代榎小路は名代の魚屋岡田屋勝造方に奉公に出た。
やつと二十三才のころ、主家を辞して三島邸の向いに独力で魚店魚一を開いた。
間もなく老舗岡田屋が廃業したので、その得意先を一手に引受けさらに三成三郎兵衛邸を借りうけると、魚を行商にとどめてその豪壮な湖畔の邸を料亭とした。
場所はよし、間数に不足はなし、一さんの商売上手もさることながら、一度に幸運が湧いて魚一の繁栄をうながした。
 青年一さんは望湖楼の大助や佐藤清一郎と共に素人浄瑠璃の名人、千鳥座で堂々とのどを競つた。
また井上中尉やスミスなどを松江に招いて宙返り飛行をさせ、こうした事が随分と商売上に役立つたという。
今の地は昭和の始、勝部旅館を引受たものである。
分限者と共にした魚町の盛衰はすでになく、新しいといつてもすでにのれんの魚一に変つてきたといえよう。


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